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親子の中心で愛をさけぶ :其の1(追記あり)

お陰様で、ひきこもりを研究して今年で13年目に突入します。

正確にはそれより前ですが、誰もが納得するのは私が34歳で臨床心理学科の大学生となり学術論文サイト:Cinii(サイニー)へのアクセス権が付与されてからだと思います(私は今年度で47歳になりますので)。

これまで臨床心理学を始めとした発達心理学、認知心理学、異常心理学、精神医学など様々な学びは「ひきこもり研究」や親子関係、人生そのものに有意義な発見がありました。

 

「臨床」というと人の心の問題(病理)を扱っていくことを想像することが普通ですが、一方で私は、心理学は「人を幸せにする力がある」と大学で学び始めた時、直感しました。

本当に、今もなお色々な事を教えてくれる心理学。

 

 

それでも、心理学では扱いきれていない概念があると感じていました。

 

それは「愛」です。

 

実際、この「愛」というものは物理的実態こそないものの、確実にこの世に存在しているものである事はみなさまもご存知かと思います。

これまで、心理学の歴史の中でも愛着理論など発達心理学の代表的な理論は学んできましたが、ここに来てより深く探究しているのが『愛』と「絆」なのです。

 

とくに「愛」を扱うのは非常に難しい。

 

(↑ パパ友がオススメしてくれたGU <ジーユー>のシャツ。ペアコーデ初体験(笑))

 

こと心理学の分野では『愛』に関しては融通の利かない学問であり続けた歴史があり、研究者や専門家も定量化出来ない概念として背を向けてきた事実があります。

今でも、ともすれば、哲学的・宗教的になりえるし、言葉で紡ごうとすれば自己啓発的やポエリーに陥りがちだからです。

 

しかし、ひきこもり研究と支援をしてきて「親育ち・親子本能療法」が発揮する力には「親の取り組み=親の愛」が中核にあると考えます。

 

また、ワタシ自身が、息子と妻との日々で改めて「愛」は人生に必要不可欠なものと現在進行形で体感しているので尚更そう感じるのかもしれません。

 

(↑ ガチャガチャのATMと化すワタシ(笑))

 

親育ち・親子本能療法では「愛と心理療法」の作者であるM・スコット・ペック氏が用いた以下の定義を用いております。

  •  「愛とは、自分自身あるいは他者の精神的成長を培うために、自己を広げようとする意思である」  

 

また、ペック氏は

  • 「自分の限界を広げる行為は努力を要する。限界を超えなければ限界は広がらない。そして限界を超えるには努力がいる。
  • だれかを愛するとき、それは努力—愛する人のために(あるいは自分自身のために)もう一歩踏み出す。
  • あるいはもう一マイル歩くという事実—によって、初めて顕れる。
  • あるいは真のものとなる。愛は努力なしではあり得ない。それどころか、労多いものなのである

 

と述べております。  

もちろん、これは愛という大きな概念の一側面にすぎないのかも知れません。そして、同意されない方もいらっしゃるでしょう。

 

それでも、私は「わが子ため、自分のために己の限界を超える行動をしたい」と思います。

 

 

なぜなら、わが子を愛している自分に気がついているからです。そして、自分とわが子、妻の可能性(こころの成長)を培いたいと考えるからです。

 

こう思えるもう一つの背景は、私自身が母親の愛によって人生最大のピンチを乗り越えられた経験があるからでしょう。

 

ただ、一方通行になると「毒」にもなるのが、また「愛」の怖さでもあるわけです。

 

だからこそ、私の「愛が」わが子にとって「真のものとして伝わるよう努力・行動し、自力で学び続けるしかない」のだと思うのです。

この事はコンピュータソフトのように「インストールしてOK」と言う話にならない事は歴史が証明しております。

 

しかし、みなさまも『愛が大切であること」に気がついているハズです。

 

「愛」はひきこもりにも不登校にも、心の病気や不適応の回復にも、子育てにも「真ん中にあるべきもの」と確信しています。

 

(↑ 自分は他界した親父とはシーソーした記憶がないのですが、楽しいものですね。)

 

ここまでの文章を読み返してみると、我ながらずいぶん偉そうな事を書いてしまっているなぁと。

 

なぜなら、20代のワタシは本当に未熟で身勝手な人間だったと思うほどでして。当時のワタシを知る人はこの文章を綴っている事を驚くかも知れません。

 

この背景には心理学の出会いと、妻とわが子との出逢いによって培われた精神的成長があると思います。これは逆さから見ると、妻とわが子に愛されて成長させてもらえたと感じるこの頃です

 

私は臨床心理士ですので、心理学に依拠した「愛」に気づきがあれば、当ブログでまた続きを書かせて頂きたいと思います。ちなみにタイトルの意味は、私も『人の子』であり、『人の親』ですので、「親子関係の中心」という次第です。

 

恋愛での「愛」を語った言葉にこんなものがありました。

「相手の長所を好むのが恋、相手の欠点を受け入れるのが愛

愛の基本はいつだって「受け入れること」なのかも知れません。

 

(追記)

11月1日(日)高知県へ講座講師にお招き頂きました。詳細は来月頭にお伝え出来るかと思います。暫しお待ち下さいませ。

 

本日もブログをお読みくださり、ありがとうございました。

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